薄毛の両親の元に産まれた私も超薄毛。悲しい体験談

親が危惧した通り、薄毛の子が産まれた

私の両親は、髪が薄めでした。お互いそのことでも色々苦労したのでしょう。

産まれた私が体は成長するのに、髪が増えないことをとても、心配していたようです。

幼稚園のころには、明らかに周りと比べ、毛の薄い子だったようです。

自分達と同じ思いをさせたくないと、両親がした対策はパーマをかけてカサ増しをさせることでした。

親は、ママ友たちに天然パーマで〜と取り繕いながら、私は物心つく前からずっとパーマをかけ続けていたのです。

そして小学3年生のころ、パーマし続けた私の髪は傷みが酷く、増えるどころか減っていき、チリチリとしていきました。

黒髪でさらさらな髪の同級生がたくさんいる中、私の髪は目立つのでついたあだ名は《ほうき》でした。

プールが1番こわい

中学にあがり、パーマをおとし地毛に戻しました。

もちろん、周りには縮毛矯正したの!と悲しい嘘をつき続けました。

髪型は365日、筋が見えないようポニーテールでした。

おかけで、髪型でからかわれることはありませんでした。

夏が来るまでは…

プールの授業が終わったあと、ポニーテールを解き、髪を梳かし、残りの授業を受けていました。

私は、頭上に視線を感じました。

同級生たちは驚愕だったのでしょう、濡れてぺたんこになった私の髪と真ん中に入る大きな筋に。

私の両親を知っている人は妙に納得しただろうし、知らない人は哀れんだだろうと、考えれば考えるほど、鬱になりそうでした。

ハワイ旅行の思い出は、日焼け

大人になり、就職しました。

お金を貯めて、大学の友達数人と初めての海外旅行へ行きました。

夢のハワイ。

浮かれて一日中海で泳ぎました。

みんな、ハワイの日差しを完全になめていました。

夜、ホテルに戻ると、体のあちこちが火照り、痛いのです。

それもいい思い出だよねー。

あたし背中が痛いー!

あたしは顔が熱いー!

なんて、みんながキャッキャ言っている中、私はどうやら頭皮を日焼けしたようで、ズキズキしていました。

鏡で見ると、そこにはあり得ないほど赤くなった大きな筋が覗いていました。

指摘されたり、影で言われるよりはと思い、あたし、頭皮日焼けしてるー!見て見てー!

と言い、カミングアウトしていた為、友達は笑ってくれましたが、私のハワイの思い出は頭皮の日焼けが1番印象に残ってしまいました。

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